『MELOPHOBIA』安川奈緒

試験が一段落しつつあるので
久しぶりに更新。



先日、安川奈緒の詩集『MELOPHOBIA』を
友人から貸してもらいました。
今日はそれについての感想。



どんな詩集かというと
タイトルになっている‘音楽恐怖症’の通り

詩の音楽性
もしくはそれによって表現されるナルシシズム
唾棄すべき下劣なものとして否定し
音楽の存在しない詩を書こうとした作品群らしい。

詩自体は、割りと好きなタイプの詩だったように思います。


だってナルシシズムに溢れていたから。


予定外への憎しみ 朝から晩までテレビを見ているせいで 明石家さんま島田紳助が 画面にあらわれると 胸がしめつけられる 自分の 自分のことだけが心配だ……知らないあいだに血まみれになった手が 都会の内面に触れることのありませんように

『背中を見てみろ バカと書いてある』安川奈緒


とか


強者は弱者を模倣し 強者は弱者の代わりに語り 最後に強者は弱者の場所を奪う
『《妻》、《夫》、《愛人X》そして《包帯》』安川奈緒


だとか。

もちろん引用は恣意的です。
好きな場所を引っ張ってきたわけですから。


けれど、全編を通して、作者が言葉を選んで
詩を書いているということは言えると思います。


当たり前のことですが、文章を書くということは
言葉を選ぶことです。
そこにナルシシズムを介在させないことは難しい。

よしんばそれができたとしても
言葉そのものから音楽性を排除することはできない。
言葉それ自体に、もともとリズムがあるから。


もし詩から音楽を排除しようとするなら
声に出すことをまったく想定されずに創られた言語を
想像するしかない。


そういう意味では、作者の目指した音楽性の排除は
完全ではなかったような気がします。




現代詩は難しい・・・。


皆そんな難しいことを考えて書いてるんだろうか。
ただ美しいものを書けば良いじゃないか。